そけいヘルニア(脱腸) //

◎そけいヘルニア(鼠径ヘルニア)とは?

 足のつけ根(そけい部)にあるお腹の壁が弱くなり膨らんで,腸がぽっこり出てくる病気のことです(俗に脱腸).加齢や重い物を持つなどの影響で壁が弱くなることが主な原因です.放っておくと徐々に大きくなったり,戻らなくなることがあり,嵌頓(かんとん)と言います.生涯発症率は男性が27%,女性が3%です.国内では年間15万人以上が手術を受けています.

◎そけいヘルニアの症状は?

 立ち上がったりお腹に力を入れると,足のつけ根がぽっこり膨らみ,臥位になると戻ります.痛みや重い感じの違和感を伴うことがあります.頻度は稀ですが,出たまま戻らなくなる(嵌頓)してしまうと,腸が壊死・穿孔したり,腸閉塞になるため,緊急手術をしなければ命に関わります.

 

◎そけいヘルニアの治療法は?

 そけいヘルニアとはお腹の壁に穴があいて,タイヤがパンクしているのと同じような状態です.そのため自然に治癒することはなく,その治療法は手術で穴を塞ぐこと以外にありません.以前は糸で穴を縫い合わせて塞いでいました.しかし痛みが強いことや,回復に時間がかかることや,再発が多いことから,現在ではメッシュによる補強が一般的になっています.

◎そけいヘルニアの手術比較

 そけいヘルニアの手術を理解するためのキーワードは,「オンレイ」と「アンダーレイ」です.レイとはレイヤー(layer)、つまり層のことです.オンレイは層の上,つまりヘルニア門(穴)の表面側にメッシュを敷くという意味です.アンダーレイは層の下,つまりヘルニア門の奥側にメッシュを敷くという意味です.

①組織縫合法

 メッシュが無かった時代には標準的な手術でしたが,現在はほとんど行われていません.お腹を約4-5cm切って穴を探し,筋膜や筋肉を糸で縫い合わせて穴を閉じる方法です.現在ではヘルニア嵌頓した場合の緊急手術や若い女性の小さい外そけいヘルニアで行われており,以下のような様々な方法があります.

・利点:メッシュ(異物)が体内に残らない

・欠点:傷が大きい,痛みがとても強い,回復に時間がかかる,再発が多い

 a. Mercy法

 b. Shouldice法

 c. Bassini法

 d. McVay法

②そけい部切開法

 現在最も普及している手術方法です.お腹を約3-5cm切って穴を探し,穴をメッシュを塞ぐ方法です.メッシュはポリプロピレン又はポリエステル製のものが使われます.​ヘルニア門への到達方法やメッシュの敷き方によって,以下のような様々な方法があります.

・利点:組織縫合法と比べて痛みが軽減し再発が少ない,全国どこでも手術が受けられる

・欠点:傷が大きい,痛みがやや強い,回復には少し時間がかかる

 a. Lichtenstein法(リヒテンシュタイン法):欧米では一般的な手術法で,オンレイにメッシュを敷きます.

 b. Plug法(プラグ法):プラグメッシュで穴を塞ぎ,更にオンレイにメッシュを敷きます.

 c. PHS法,UHS法:オンレイとアンダーレイの2層にメッシュを敷きます.

 d. Direct Kugel法(ダイレクトクーゲル法):アンダーレイにメッシュを敷きます.

​ e. Kugel法(クーゲル法):鼠径管を開かずにヘルニア門に到達し,アンダーレイにメッシュを敷きます.

③腹腔鏡下手術

 近年増加傾向にある手術方法です.お腹に約5-10mmの穴を3ヶ所開け,腹腔鏡でヘルニアの穴を確認し,内側からメッシュを敷いて穴を塞ぎます.下図は術中画像で,前者の矢印には穴がありません(正常です)が,後者の矢印には穴があり(鼠径ヘルニアです),この穴から腸が脱出します.全身麻酔ですので,完全に寝ている間に手術は終わります.

・利点:傷が小さい,痛みが軽い,回復が早い,社会復帰が早い,同じ傷で両側手術できる

・欠点:全国どこでも手術が受けられない,高額な機器を揃える必要がある,術者が未熟だと合併症が多い

 a. TAPP法(タップ法):腹腔内(お腹の中)からヘルニア門を直接観察して穴を塞ぐ方法で,アンダーレイにメッシュを敷きます.ヘルニア門をカメラで直接確認できるので,正確な診断ができ,適切な位置にメッシュを敷いて補強できます.

 b. TEP法(テップ法):腹腔鏡を用いてクーゲル法を行うような手術で,アンダーレイにメッシュを敷きます.

 

◎どの術式(手術方法)を選ぶか?

 ガイドラインでは組織縫合法は推奨されていません.そけい部切開法は術式間で大きな差はなく,術者が習熟した術式を選択することを勧めています.腹腔鏡下手術は手技に十分習熟した外科医が実施する場合という条件付きで推奨されています.つまり術者が習熟した手術方法を選択することをガイドラインでは推奨しています.

 そけい部の解剖は複雑で,個人によってその形も違い,ヘルニア門(穴)やヘルニア嚢(袋)の形は様々で,腹壁の脆弱性は人それぞれです.その多様な病態に対応できる知識と技量が必要です.そのため,ガイドラインは術者の最も習熟した術式を推奨することになったと推測されますし,私もその意見には賛成です.

◎私の手術の特徴

 そけいヘルニアの手術は消化器外科手術の中で最も頻度が高く,私が最も力を注いでいる手術です.これは簡単な手術かどうかと聞かれることがよくあります.手術時間は1時間程度で,腹壁の手術なので,身体の負担は少ない手術です.しかし,鼠径部の構造は複雑で個人差があり,手術操作は腹膜切開,腹膜前腔の剥離,メッシュの留置と固定,腹膜縫合など多彩なため,決して簡単とは言えない手術です.だからこそやり甲斐があり,精度の高い手術を目指しています.

 私は③腹腔鏡下手術 a. TAPP法を第一選択としています.恐らく,TAPP法は上記の手術の中で最も手術の難易度は高いと思われます.そのため,どの病院でもどの術者でも安全にできる手術ではなく,全国で一般的に普及することはなかなか難しいかもしれません.しかし,傷が小さく,術後の痛みが少なく,慢性疼痛が少なく,回復が早く,社会復帰が早いなど,患者さんにとってメリットが多い術式です.更に,直接観察し正確な診断ができ,カメラで拡大視して繊細な手術ができ,適切な位置に大きいメッシュを敷いて補強できることなども,手術の質にこだわる外科医にとっては嬉しい利点ですなにより,これまで様々な術式をやってきた中で,患者さんの満足度が最も高いことがこの術式を選んでいる一番の理由です.ただし,心臓や肺などの持病のために腹腔鏡下手術のリスクが高い人もいますので,その時には個々に最適な手術方法を検討しています.

 また,全国でも先進的な日帰り腹腔鏡鼠径ヘルニア手術も行っています.傷が小さいため痛みが少なく,回復が早い腹腔鏡下手術とその日に帰宅する日帰り手術の組み合わせは理想的な方法です.日帰り手術の普及が遅れている日本ではまだ一般的ではありませんが,安全に施行し,多くの方に満足していただけるように力を注いでいます.

◎手術の流れ(腹腔鏡下手術の場合)

外来:診察しそけいヘルニアや治療方法について説明します.術前検査(採血,心電図,肺機能検査など)を必要に応じて行います.

手術日:手術の準備をして,手術を受けます.術直後は安静にし,その後は自由に歩き,夕方から通常の食事が食べられます.

帰宅後:日常生活に制限はなく,シャワーや入浴ができます.吸収糸で傷を縫うので抜糸は不要です.

※板橋中央総合病院では2泊3日の入院です.「日帰り手術」専門クリニックである東京外科クリニックでは当日に帰宅可能です.各々若干流れが変わります.

◎費用

 保険診療ですので,費用は全国一律です.保険の種類や収入によって自己負担額は変わりますので,ご希望の方は事前に受付窓口で概算を確認することできます.

◎ガイドライン

 「鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015 金原出版」が日本ヘルニア学会より出版されています.個々の治療方法は病状によって異なることもありますが,基本的にはガイドラインに沿って治療を行っています.

◎そけいヘルニアのよくある質問

・「そけいヘルニアはどんな症状でしょうか?」

 立つと足のつけ根が膨らみ,横になると戻るのが典型的な症状です.大きさはピンポン球から卵程度のことが多いです.立って足のつけ根をみると左右のふくらみに左右差が見られます.大きくなると足のつけ根から陰嚢まで腫れてしまうこともあります.痛みや重い感じの違和感を伴うことがあります.

・「足のつけ根が痛みますが,そけいヘルニアでしょうか?」

 初期症状として痛みや重い感じだけを自覚することがあります.ただし,泌尿器科や整形外科の疾患のこともあります.必要に応じて超音波検査,CT検査,MRI検査などを行います.

・「足のつけ根に腫瘤が触れるのですが,そけいヘルニアでしょうか?」

 豆のような腫瘤を自覚し,横になっても戻らないことがあります.リンパ節腫脹やヌック管水腫,皮膚科疾患(腫瘍や膿瘍)など様々な原因が考えられます.典型的なそけいヘルニアでない場合は,超音波検査,CT検査,MRI検査などを行い,精査が必要になることがあります.

・「なぜそけいヘルニアになったのでしょうか?」

 多くは加齢に伴って腹壁が弱くなり,そこから腸管が脱出してしまうことが原因です.また,立ち仕事が多かったり,腹圧がかかる重いものを持つ仕事も原因の一つに挙げられます.肥満や喫煙も一因と報告されています.

・「自然に治ることはありますか?」

 大人の場合は自然に治ることはありません.腸管が脱出する部位は筋肉がありませんので,筋トレをしても治りません.また,ヘルニアバンドで押さえても,手でおさえているのと同じ状態ですので,治ることはありません.手術以外に治療法はありません.

・「嵌頓(かんとん)が心配ですが大丈夫でしょうか?」

 腸管が脱出し締め付けられてしまい戻らなくなった状態が嵌頓です.足のつけ根の膨らみが硬くなり,横になっても押しても戻らなくなってしまった状態です.腸閉塞,腸管壊死,腸管穿孔を起こし命に関わるので,緊急手術が必要になります.嵌頓するリスクは1年間で0.3〜3%程度ですので,それほど心配する必要はありませんが,発症した場合は急を要しますので,すぐに救急外来に受診してください.

・「放っておいても大丈夫でしょうか?」

 緊急性はありませんが,徐々に悪化することが多く,自然に治ることはないので,悪化しないうちに手術することをお勧めしています.ただし,症状が軽度の場合はリスクをお話しした上で注意深い経過観察をすることもあります.

・「どんな麻酔をするのですか?」

 基本的には全身麻酔をして手術をします.完全に寝ている状態ですので,手術中に意識は全くなく,痛みも全くありません.全身麻酔のリスクが高い場合は,その人にあった麻酔法を検討します.

・「術後は痛みますか?」

 腹腔鏡下手術の場合は,小さい孔だけですので痛みは少なく,術後は普通に歩ける状態のことがほとんどです.しかし,痛みには個人差がありますので,大したことない人もいれば,結構痛い人もいます.必要に応じて痛み止めの薬も使い,苦痛を減らせるように管理しています.

・「どのような術後合併症がありますか?」

 主な合併症として,以下のようなものがあります.症状に応じて適切な対処を行います.

 出血:血腫になったり,紫色の出血痕がみられることがあります.多くは自然に軽快します.
 漿液腫:元々あった袋(ヘルニア嚢)に水が溜まることがあります.大抵は自然に吸収されますが,大量に溜まった場合は穿刺することもあります.

 創感染:傷が化膿し赤く腫れることがあります.抗生剤や傷口を洗浄し治療をします.

 慢性疼痛:従来の手術よりも腹腔鏡手術では痛みが少ないですが,中には痛みが続き,内服などの治療が必要になることがあります.

 再発:一般的には1-5%程度の再発が報告されています.再発を少しでも減らすため約10×15cmの大きいメッシュで補強を行っています.

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